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ニューヨーク在住の友人に原稿を依頼し
ご寄稿いただいたので今回
(2001年10月30日現在)
はそれを掲載します。

もちろん、この方の意見が即ちニューヨーカー
あるいはアメリカ人全体の意見である
という断言は絶対に出来ないのですが
(ま、あったり前のことですが)

文章の主旨は読者の皆様にとっても
おそらく貴重であり且
つ興味深い内容であると思われます。

いただいた原稿に対し
“誤字”“脱字”等の
いわゆるイージーミスに対する修正はしましたが
文章に対しての編集
変更は一切加えてありません。

それでは、どうぞ…。

 
Yさん(当hp.管理人、即ち私のことです)こんばんは。

 こないだ頼まれたテキストですが、遅くなって申し訳ない。謝礼は、わしがハンガリーに行ったときにおねぇちゃん二人(ほんとは3人と言いたいところだけど、大負けにまけて出血大サービス!)、で手を打ちましょう(ウソ)。

 ところでですね、NYに住む日本人として、ということなのですが、あの件に関しては感じること、言うべきこと、怒ることがマンモス(死語)ありまして、どこから手をつけていいかわからずに脳内発狂しているので、ポイントを「我がアメリカはテロに対してどういう反撃が可能か、またその友好国(同盟国ではない)であるもう一つの祖国・日本は、どのような形でそれを援助できるか」ということに絞って愚考をつらつらと・・・。

 まず第一にはっきりさせておきたいのは、我が合衆国が戦うべきは、アフガニスタンでもタリバンでも、もちろんビンラディンでもなく、「テロ」と言う行為であることです。で、テロを封じ込めるにはどうすればいいかというお話になるのですが、一番いいのは、テロが起こらない社会を作ることなんですが、これはお話が大きすぎます。ですからとりあえずは、テロリストを育てない、ということになると思うんですよ。つまりテロ支援国家が、テロを支援しないようにすることですね。

 9月11日以降、アメリカが「テロ支援国家」と考えている国を含め、多くの国が「反テロ」の声明を出していましたよね。つまり微妙な違いはあっても、「反テロ」では、国際社会が同意していたのですよね。それらの国の中には、パキスタンやイランのように、国内にテロリスト養成キャンプがあるといわれている国もありました。誘拐事件とかをおこす、北朝鮮のような国もありました。それらの国がみんな、「反テロ」ということでは一致したのですよ。これはとても大切なことだと思うのです。我が国はあれだけの犠牲を払って「テロはいかん」という国際的コンセンサスを取り付けたんですよね。つまり地球が「テロダメ」といっていることがわかったのですよ。テロリストを援助することも、それを育成することも、あかんということになったのですよね? ならばそれを実現するためにはどのような戦略を採ればよかったのか、という話になるんですけど。

 テロを封じ込めるには、テロ行為そのものはもちろん、テロリストの育成や援助やその他諸々を、全て国際法上違法にすることが大切だとおもうんですよ。じつは国際法というのは習慣法で、国連憲章とかはありますけど、その概念のほとんどは成文ではないのですが、当たり前ですけどテロはダメ、という認識がすでに出来ています。ですから、この、国際法上合法的な司法権を使って、テロ行為を断罪する、というのが、少なくとも国連加盟国の中では、異論のでない方法だと思うのですよ。

 しかしアメリカはそうはしませんでしたね。 いまの状況は「テロに反対する国際世論の良心」が「テロ行為の非社会性を糾弾し、それを断罪し」ているのではなく、「アメリカ」が「アフガニスタン国土上に爆弾をまいて」いるにすぎないのですよ。つまりテロ対良心という構造を、アメリカ対アフガン(あるいはアルカイダ、オサマでもいい)に、矮小化してしまっているのですよね。これは、実際に被害にあった街の人間として、まったく納得できません。だってブッシュ大統領は「この空爆は米国民の怒りを静めるためにやっている」とか言っているし、ある政府の高官は「(アフガン国民も)我々と同様に苦しむべきだ」とか言っていますが、こりゃまったくポイントがずれてます。「アメリカ」が「アフガン」に大して怒っているのでもなければ、復讐したいわけでもないのですよ(蛇足ですが、武力による復仇は、国連で禁止されていますね)。わしらアメリカ人は「テロ」に怒っているのです。そして「テロ」がもう起こらないようにしたいだけなのですよ。あのテロで本当に多くの人が、死に、家族や友人を失い、仕事を奪われ、家さえも奪われたのです。その心の痛みは、わしらNY人が一番わかります。こういうつらい思いは、地球上の誰もが、もう体験してはいけません。アフガンだろうと、なんだろうと。

 テロ側にしてみればアメリカの反応は思うつぼにズッポリはまっています。テロ側は「人類の良心」を敵に戦うより、「アメリカ」を敵にした方が、味方をたくさん作れるからです。だから彼らも「テロ対人類」の戦いではなく「アメリカ対イスラム」の戦いであることを主張しています。

 こういう事態は、人類の歴史や、今回犠牲になった人々に対する冒涜行為です。ですから、ブッシュ氏の戦争遂行には、皮肉にもここNYがもっとも批判的で、戦争反対デモが連日のようにおこなわれています。

 アメリカそんなところですが次は日本。

 開いた口が塞がらねぇとはまさにこういうことをいうんだな、とつくづく実感した今日この頃でした。

 日本の法律は、集団的自衛権を禁止していますよね(日米安保そのものが法律違反だといわれれば、その通 りですが、それはこの際、おきます)。でも日本政府が「後方支援(従って集団的自衛権の発動ではない)」としてあげている米軍支援活動、たとえば兵站補給とそういうの、これがNATOが「集団的自衛権の発動」としてアメリカを支援する活動とほぼ一緒なのは、これいかに? 挙げ句の果 てには「武器を使うかどうかは現場の常識」で判断させ、「ミサイル発射しても誘導しなければ軍事行動ではない」とか、つまり「鉄砲打っても、ミサイル打っても、それは後方支援だ」ちゅうことですよね。

 ここまで曲解するんであれば、はっきり言って、何のためにある憲法、何のためにある法律なんだコラ!

 と、いうのが本心です。

 日本は確か、憲法で交戦権を否定していましたよね?
 これは非常にいいことだと思います。これをとってアメリカの押しつけという人が多いですが、わしの知る限り、この9条の提案は当時の日本政府高官からだされ、それが占領軍に受け入れられたというのが実体であったと思います。

 これは画期的なことだったと思います。だって普通の感覚では、防衛は認めるじゃないですか。でも、日本はそれすら放棄しているのですよ。つまり戦争の、完全な非合法化をしたわけですよ。当時の人たちがどういう思いを持ってこの法律を作ったか、わしのような脳味噌空っぽ飲んだくれにはわかる良しもありませんが、我が憲法のこの条文がいかに優れているか、ということにはちょっとふれられます

 二つの側面を指摘します。

 1)侵略は、つねに防衛のなにおいておこなわれたこと。

 2)およそ近代戦争において、戦闘員・非戦闘員を峻別するのは意味がなく、つねに銃後は正当員あるいはそれ以上の確率で攻撃対象になること。 従って戦略論的にいえば、防衛と攻撃(侵略と置き換えてもいい)の境界は実に曖昧で、いったん戦闘行為が始まれば、かならず無辜の市民を巻き込まずにはいないこと。

 この二つの認識があるからこそ、戦争そのものが法律違反なのだと思うのですよ。

 しかしながらアメリカの今のこの非常時に乗じて、もともと憲法違反の自衛隊をさらに大前提の禁止行為である戦争に、「国際貢献」の名の下に、投入しようというのはいったいどういう了見なのでしょうか、え、おい? そんな貢献、アメリカですらいっこも要求していないのに。

 自民党のやり方には本当にあきれかえります。日本が法治国家であることを無視しています。やりたいことをやるためなら超反社会的な集団である創価学会さえも仲間に引き入れて、議会をレイプしています。

 ムライさんも言うように、こういうときこそ理を持ってアメリカを諭すのが、真の友人のとるべき道だと思うのですよ。わしの生まれ故郷、太平洋を挟んだ我が隣国よ、あなたはいったいどこへ行こうとしているのか?

 わしはたまりません。どうして理性で解決しようとしないのですか? 実に単純なんですよ。「みんなで決めたことはみんなで守る」これだけな
んですから。みんな「テロダメ」「戦争イヤ」なら、テロも戦争もやっぱダメなんですよ。

 以上です

 えー、最期のほう、酔っぱらっているのでかなり支離滅裂になってますが、適当に編集してください。
あと、長すぎるようでしたら適当に切ってください。

 では(^^)」--



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