本当にひどい事件でしたね。

実は前回の「ふたつのくに」
にてお伝えしたように

私本人が、その一ヶ月前に
この目でWTC.ビルを見ていただけに

繰り返し流されるその瓦解崩落映像には

言いようのない大きな精神的打撃を受けた次第です。

あの一瞬に六千人を超える人命が失われ

未だ数え切れない膨大多数な方々が

大きな身体的、精神的ダメージを強要させられたのですから....。

私自身

このhp.に上において何かを書こう、訴えかけようと考えはしたのですが

かといって一体何を書けばいいのか

皆目見当がつかない…

ほんの最近までそんな状態でした。

私の見解は

戦争は絶対に反対です。

本当に一部の馬鹿者共が、年端の行かぬニキビ面の如き英雄論を振りかざしては騒いではいますが

「報復に次ぐ報復なんて際限のない悪循環」

最低限の思考力を持つ人間は戦争回避

そんな結論に至ると予想するのは想像に難くないことです。

反戦を唱える人たちを

やれ「平和ぼけ」だ云々と

ありきたりな紋切り型の悪口で揶揄する軽薄浅思考の輩。

本当の、実際の戦争被害者、我々の父母世代

そんな人たちが心血を注いで作り上げた平和社会、戦争不参加の憲法を

ノーミソのてっぺんまで「平和ぼけ」した奴らが

国際貢献の美名を楯に戦争美化、参加を提唱する。

もっとも、そんな言い出しっ屁野郎共は間違っても実際に危険な場所には行かず

まるでコンピューターゲームでもするような感覚で

自分たちのせがれ世代を

殺戮の彼方に追いやろうというのですから。

ちなみに今回は、相当にがっかりしましたよ。

XJAPANがお気に入りという
某国ソーリ大臣junちゃんの発言には…。

思うに、真の友情というもの

例えば私が肉親を、恋人を、親友を

くだらん己勝手な理論の元に惨殺されたとする。

最初はやりきれない悲しみの中に

そして、やがては押さえようのない憎悪の観念が頭をもたげ始める。

憎しみに目が見えなくなって復習を試みようとする私

曰く

「当事者はもちろんのこと、親戚縁者、その幼子までが私の対象だ。
例外はない皆殺しにしてやる。」

ナンテ、夜な夜な加害者宅周辺をうろついていたとしたら

そんな私の、友人であるあなたは

どうしますか。

真の友人であるのなら、おそらく私を諭そうとするでしょ?

「お前の気持ちは分かる、痛いほどわかるつもりだ。
しかし、どうか少し冷静になって考えてくれ。

お前がつけ狙いその命を奪おうとしている親戚縁者
幼子に一体何の罪があるというのだ。

頼むから、無益な殺人はやめてくれ。
私を友人と思うのなら、どうかあんな奴と同等の卑劣な犯罪者にはならないでくれ。」

と、まあ こんな具合でしょうか。

あれっ、日米関係って友人関係じゃあなかったの!もしかして?

がたいがでかくて喧嘩が強くて、無骨で乱暴で、ちょっとおっかなかったけど

それでも友人だとは思っていたんですが私は。

ところがなんでしょうか

「あんたが赤といったら赤だ、黒といったら黒。
俺は何処までもあんたについていきますぜえウヘヘヘヘ…。 」

ナンテ

どちらかといえば親分子分の関係。

結局、我らがjunちゃんはチンピラ、内弁慶

ジャイアンにまとわりつくスネオだったのかしら。

あくまで私見ではありますが

最重要容疑者オサマ・ビンラディンが

まちがいなく加害者であるのなら

まあ、殺されてもしゃーないでしょうね。

だって彼自身が復讐と殺戮を肯定しているわけでもありますから。

彼の教えでは

男は髭を剃ると警官に殴られるそうだ。

と、するとチンパンジーの方が相当に偉いわけだ。

ご存じの通りチンパンジーは(おそらく)自らの意志で髭を剃ろうとはしないだろうから。

もっとも無益な殺戮をしないチンパンジーの方がビンちゃんよりは相当に程度が高いのだろうが。

これらのイヤミは回教徒の方々に対するものではありませんよ、当然のことながら。

あくまでビン公とそれに共感する周辺の馬鹿共に対するものです。

聞くところによると

ビンラディン家は、サウジアラビア出身の大富豪の家系。

親戚縁者の数多くは

彼曰くの「悪の象徴」アメリカにも居住していたわけで

別に、金持ちの家系に生まれたのは自身の責任ではないけど

率直な疑問として

彼自身、貧乏したことがあるの?

自分の周辺にいる

貧窮に喘ぐアフガンの人たちのように…。

まさかトンコツラーメン食いながら自分の弟子に断食を強要していた

松本の如きではないんでしょうね。

たまに気になるのが

今回のテロ事件にかこつけてなされるイスラム全体に対する非難。

例えば、あのオームにしても仏教を騙っていた時期があったわけだし

最終的にキリスト宣言ナンテね(まったくのアホじゃ)

そんなのを取り上げて仏教攻撃なんてされた日にはかなわんと思う。

タリバーンなんてホント一部の一派

回教をベースにしたカルト教と呼べるのではないだろうか。

対し、日本の紙上でたまに見かける

似非インテリ的タリバーン弁護にしてもいやですね、これは。

前述の我が稚拙な例を挙げるまでもなく

家族を奪われた人間に、一体そんなコ理屈が通用するとでも思っているのだとしたら

あまりに想像力と思慮が不足してるとしか言わざるを得んですね。

「アメリカがやったから、やり返されただけだ」ナンテね。

だとしたら今回はやられたのだから、アメリカもやり返していいわけだ。

こういうのを悪循環というのではありませんか?

ちなみに私自身、数々のイスラム芸術から大きな感動をいただいておりますし

私見では

すばらしい芸術を創作できるのは知性が優れている証、と信じますから。

理性ある知的な人間同士は理解し合えると思う。

戦わない勇気

最近インターネット新聞で読んだのですが

最愛の我が子をテロ事件で失いながらも「反戦」集会に参加した神父さん。

彼こそが真の英雄と呼びうるのだと思う。

私にはできないでしょう、おそらくそんなことは。

結論として

どうしても自衛隊の派遣が必要であるというのなら

平和的な派遣であるという前提を絶対に守ってもらいたい。

そして日本政府にはそれをもっと徹底的に諸外国に対しアピールすべきである。

湾岸戦争の時の失敗は

結局は日本政府の曖昧な態度と言葉足りなさによると思う。

自衛隊の方々も

当然命がけで行かざるを得ないのであるから

人を殺しに行くのではなく、人命を守るために行くのだということに

大きな誇りを持つべきです。

人を殺すことより人を守ること

これこそが『真の勇者』が行いうることなのではないのでしょうか。

今回はこのくらいで、それでは…。


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