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こんにちは皆様、いかがお過ごしですか?

ちなみに、こちらハンガリーは、と言いますと先週より妙に暑い日が続いています。

「暑い?まだ五月だろ〜、ったく言葉のセンスがなってないんだから…」ナンテ
思われる方もおられるかもしれませんが

いや、文字道理「暑い」のです、異常に…

四月下旬ごろから、日中は気温27、8、9度なんて日も珍しくはなく
昨日などは(五月五日)ブダペスト市内では30度を超しまして、若い子らなんか
み〜んな完璧に夏服です。

暑い暑いと言いながらも、それはともかくとして

実は前回更新で、ある友人からの意見を掲載して、それに私が答えるという“対談形式 ”
で小林よしのりの「台湾論」を元にして様々な意見交換をし、それを掲載しました。
(*前号“私見では…”)

その結果、お二人の読者の方々より、ありがたくも貴重なご意見を頂きました。

非常に興味深いご意見ですから、もちろん御了承を得た上で
私からは全く何の編集も加えずに今回ここに掲載させていただきます。

最初に掲載させていただく方とは、私は以前ハンガリーはブダペストにおいてお会いしました。

彼女は教育関係に携わられる方です。

(*ちなみに本文の掲載形式をご説明させていただきますと、青字は管理人
緑字は最初の方からのお手紙、茶色の字はその次の方からのお手紙とさせていただきました。)



ホームページを読ませていただきました。

私も人種差別を受けて、辛い思いをしたことが あります。

人の偏見や差別意識は社会からの悪い影響で だんだん身についていってしまうものですよね。

日本ではちょっと前からピッキング強盗と言って、 錠を壊す工具を使う空き巣が増えています。

その犯人の7割が中国人です。

また、各地に中国人 犯罪組織があって、犯罪のために入国している人も います。

そういうわけで中国人に悪い印象を持っている人も少なくありません。

確かにそういう人がいるのも事実ですが、私の 中国人の友達は本当に友達思いの良い人ばかりです。

京都で会った中国人の友達が言っていました。

「過去の歴史から中国では日本人を嫌っている人は多いです。
でも、貴方は日本人でも他の国の人でも関係なくて、 1人の人間として私の友達です。」

彼は1年半前に日本に来たとき、日本語が全然できなくて、 日本に一人の知り合いもいなかったのです。

これからも大切にしていきたい友達の一人だと思います。

私は中国の旧満州の奉天、現在の瀋陽で2年間日本語教師を していました。

そこは1931年の満州事変の始まりとなった 柳条湖事件のあったところです。

私のおば夫婦2組で住んでいた所で、反日感情が高いのではと父も親戚も心配しました。

でも、私の周りの人たちは本当に 親切で今までの人生の中で一番幸せな2年間でした。

今の私を知る人は驚くのですが、私はいつもいじめられっこだったのです。

大学卒業後、働いた2つの職場でもいじめで精神的に追い込まれましたし・・・。

中国では日本人ということで嫌な思いをすることもありましたが
その反対に親切にしてもらうことの方が何倍も多かったです。

さ来週は日本人と結婚して、横浜に住んでいる友達の所に 遊びに行きます。

彼女とは私が東京に行くたびに会っているので、1年に1〜2回は会っています。

どこの国の人でも良い人、悪い人がいるし、全然関係ないと思います。

去年の秋に劇団四季のミュージカル「李香蘭」を見ました。

本当に号泣してしまいました。

北京はもちろん、私が住んでいた瀋陽やその隣の町の撫順など東北地方が出てきました。

撫順の平頂山事件のシーンが出てきて、平頂山で見たことを思い出して、 特に大泣きしてしまいました。

1932年撫順郊外の平頂山村で日本軍が抗日ゲリラに襲われたということで村を焼きました。

撫順市博物館内に約800体の白骨死体をそのまま建物の中に保存してあります。

子供を抱いた母親の骨やガソリンをまいたドラム缶や皿などの生活用品も散乱していました。

暗い気持ちでそこを出たとき、入口の事務所の係の70歳ぐらいのおじいさんが胡弓を弾いていました。

私が中を覗き込むと「おいで、弾いてごらん。」って、ニコニコし ながら、 言うので
胡弓を習っていた私はちょっと弾いてみました。

拍手をして、「上手、上手。」と誉めてくれました。

ニコニコして、「再見!(ツァイチィエン)」と手を振っていたおじいさんを忘れられません。

また、南京虐殺記念館にも行きました。

掘り出された大量の白骨の山がそのままガラスケースの中に保存してありました。

右も左もです。

その間を通っていきまし た。

一緒だった3人の中国人の友人は私を記念館に行かせたくないと言っていましたが、説得して行きました。

暗い顔で一人だけ先に白骨の間を通った私に「気にしないでね」と言っていまし た。

中国ではマスコミが反日的な報道を流したり、学校でも学ぶので
反日感情を抱いている人がいるのも、事実です。

そのため日本人というだけで、辛い思いをしたこともあります。

ある時は友達の友達に初めて会った時、私にとても冷たいので、変だと思っていたら
私が日本人だからでした。

その人にとって、私が初めて会う日本人でした。

彼は軍人なので、反日教育は普通の人以上に受けていて、日本人への偏見を持っていたのだと思います。

私は友人に頼んで、JICAと協力隊のパンフレットを渡し
わたし達の仕事 の 意味と今の日本について、話してもらいました。

その結果、2度目にその軍人さんに会った時は私に親切で
日本のことを少し理解してもらえたと嬉しくなりました。

戦争したすべての国は被害者で加害者だと思います。

日本も中国もアメリカも・・ ・。 事実は事実として、歴史を認めるべきですよね。

ただ、被害者への個人的な保証となると難しい問題があります。

戦争の時は世界中のたくさんの人が何らかの被害を被っているのですから
外国の一人、一人にお金を支払っていたら、日本の国家予算では足りません。

謝って、非を認めれば、被害者一人、一人にお金を払わなければならなくなります。

また、外国から個人補償をしてもらっていない日本人からの非難も出るでしょう。

中国人、ロシア人、アメリカ人など外国人に殺された日本人もたくさんいるのですから。

それで、日本の政治家は悪いと思ってもなかなか謝れない現実があるのです。

国レベルではいろいろと難しい問題がありますが、私はそういうことで偏見を持ちたくないと思います。

仇討ちの繰り返しで、子孫が代々お互いに憎しみあっていたら、平和は来ません。

そうして戦争を繰り返している国が世界中にたくさんありますよね。

皆、同じ人間で、どこの国の人であるかは関係ないことです。

私は今の仕事を通して、差別や偏見がない社会を作るために貢献したいと思っています。

すっかり長くなってしまいました。 また次回のホームページ更新を楽しみにしています。

それではSZIA!!

( *管理人注釈* SZIA「スィア」というのはハンガリー語の挨拶の一つで、主に親しい人間を対象に使われます。
ゆえに初対面の方に対し使うと失礼の当たることもありますので、来ハンガリー予定の読者の方は御注意を…
只この手紙を下さった方は、私とは面識がありますので、当然この場合は親しみの感情と解釈できます。
ゆえに私にとっては逆に嬉しかったりもするのですが。
ちなみに、大変興味深いことにハンガリー語にも“敬語”というものがあります。)


この方の、実体験によって結果導き出された思考及び人間に対する認識に対し
私は大きな安堵感を覚えるのです。

私は、この方のご意見の中に大きな意味での肯定的な“女性と母性”を感じさせられます。

生殖という実際的な面を除いたとしても、やはり女性と
男性とは共存してこそ
人間として完成に近づくのであると再認識させられた次第です。

そういう意味合いから言っても、日本あるいは諸アジア諸国における女性のポジションについては
大きな疑問を持たざるを得ない時があるのですが…。

新しい命、子供にとって最も身近で人生最初の“先生”は、やはり女性である場合が多いと思います。

この手紙の方は、そういう意味においても最適の教育者になれらると思うのです。

私がいつも問題にする人種差別の問題にしても、やはりその成長環境が大きく関わっているはずです。

私はこれからの彼女に大いに期待しています。

「あるいは未来は更に明るくなるかもしれない」と言えば、あまりに楽観的ですか?

実は私はそれを信じますが。

さて、次の方ですが

この方とは以前ブダペストの美術館でお会いしたのですが

すでにニューヨークに十年以上(詳しくお聞きしたことはないのですが、あの英語力ですから)
在住される方でとにかくヤッタラメッタラ英語が堪能な方です。

ゆえに、興味深いのは我々大半の日本人が、やはり日本語によって様々な情報を得ているのに対し
この方は、ズバリ英語でも充分に情報収集を出来るという大きなメリットを持っておられるのです。


あくまでも私見の域を出ないのですが、一部の特殊な例を除いては
やはり日本語を学び話される諸外国の方々というのは、大半は親日的な方であると思います。

ゆえにそのご意見に関しても、どうしても親日本的な内容になるわけで
それをすなわち諸外国大多数の意見と、多少おっちょこちょいな諸氏が短絡的に解釈するのは
やはり危険なことと言わざるを得ないのではないでしょうか。

そういう意味では、英語で完璧にやりとりを出来るこの方のご意見は貴重と言いうるのですが。

ちなみに、ご本人は文筆業でも糧を得てられる時もあり、いわゆる文章は“本職さん”です。

さもありなん、適度なユーモアと皮肉、かといって主旨はボケてないのですから。

おっと、前置きが長くてゴメンナサイ、それでは読者の皆様どうぞ
…。


台湾問題、わしにもちょっと言わせてください。

 まず日本の台湾統治。これは確かに、庶民レベルにおいては、日本の統治が歓迎されていた雰囲気があったようです。台湾人は、日本の侵略に対し、朝鮮・韓国人や中国 本土人が感じているような露骨な被害者意識(感じて当たり前ですが)や反感が、希 薄なようです。そしてまた日本人が持ち込んだdiciplineや文化を懐かしんだり、中 国の文化と対比させて優れたものととらえる傾向も、あるようです。これはわしがこちらで知り合った各国の人々と話しているうちになんとなく得た印象で、確たる証拠はもちろんありません。

これらのことは、どうやらわしの知る限り事実のようですが、「ところで、それがど うした?」というのがわしの感想です。これらのことは、日本が国家レベルにおいて 人んちをかっぱらい、そこの本来の主人を好き勝手にこき使った事実となんら関係な いし、もちろん免罪符にもなりません。

唐突な例ですが。 ローマで、世界的な少数民族の集まりがあったときのことです。 わがアメリカからは、もちろん、いわゆるネィティブ・アメリカン、むかし「インデ ィアン」と呼んでいた人たちが参加したのですが、この中の酋長の一人が、ある時ロ ーマの中心広場に行って自分の部族の旗を天に掲げ持ち「今日からこの国は、わしのもんじゃ!!」と、声たからかに宣言したそうです。

どう思います、これ? 普通の正常な人間だったら、「こいつ、狂ったか?」と思うでしょう。もちろん、ローマ市民もそう思いました。しかし酋長は「人の土地に来 て、そこを自分のもんだと言っちゃえば領有権ができるなら、わしのやったことは全然まちがっていないではないか。白人の社会では、これが当たり前だと思ったんだが な。だって、わしんとこ来て、やってたぞ。」と、強烈な皮肉を残して立ち去ったそうです。
残念ながら酋長の試みは失敗に終わり、その部族はローマを領有できなかったそうで す。

本題に戻ります。 酋長の試みは失敗に終わりましたが、これを成功させる手段はあるのです。それはそういう行為を「国家規模」で行うことであり、われわれ聡明な日本人は、それを明治の時代に感づいていました。そして実行に移しました。そしてもちろん、成功しまし た、われわれ聡明な日本人のやることなのですから。

かくして台湾は「合法的」に日本の領土になって、国際的にも我が本邦の一部と認め られるようになったのですが、でも、ある日突然やってきて「自分のもんだと言っち ゃえば領有権ができる」からさっさとそうした、この本質は一緒です。やり方が優れていたにすぎず、やってることの本質は、白人がこのアメリカ大陸でやったことや、 酋長の試みと一緒なのです。これが「ちょっとお前、おかしいんじゃねーか?」以外のなんでしょう?

ですから、日本が台湾を占領したことは、とうてい合理化することができません。結果 として台湾人がそれを好んだか好まなかったかということは、問題の本質からかなりずれていると思います。李氏にしても、なるほど確かに彼は優れたリーダーであり(実際のところ知りませんが、そうであると考えましょう)、かつまたその資質が日 本統治時代の影響を色濃く受けているとしても、これらは全然、ことの本質ではあり ません。小林氏「台湾論」は読んでませんが、彼のことだから、どうせまたいい加減 なゴーマンぶちかましてるんでしょう。台湾の発展が日本統治のおかげだなどという のは、「おれがおまえんちに泥棒に入ってやったおかげで、お前んちの犬は、知らな い人を見たらほえるようになったのだ、感謝しろ」と言う理屈に似ています。犬を教 育しようと思って泥棒に入ったのではなく、たまたま犬がその経験から学習したのに 過ぎないのと同様、日本だって台湾をよくして発展させ、良い国にしてやろうとおもって侵略・統治したのではなく、たまたま日本人が持ち込んだ文化の中には台湾人が 肯定的にとらえ、のちの発展の要素となりうるものもあった、というに過ぎないでし ょう。

と、いうわけで、長く書いてしまいましたが。
南京大虐殺に関してはまたの機会にしたいとおもいます。

ではまた
(^^) --


今回頂戴させていただいた、この二通のご意見、主旨に対し私は全面的に同感です。


かといって、別に“親村井派”(そんなのあればですが)の意見だけを取り上げた
いわゆる
出来レースでは、けしてありません。

ただ私個人としては、やはり
それに対する反論もお聞きしたいし
悪質な中傷を目的としてなされたものでなければ、当ページに掲載もしたいのです。

もともと、このhp.「ふたつのくに」は、当然のことながら
それぞれ異なった意見を持つ人々同士の対立を扇ぐことを目的とはしていません。

お互いの意見交換、それによって結果として成立するであろう深い相互理解を
最終目標として設立されたものです。

ゆえに読者の皆様、ご意見御希望をドーシドシおよせ下さい。

いや〜今回の更新はホント楽しかったです。

そして今回ご意見を下さった方々に対し心からの感謝の意を表します。

ありがとうございます。

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