>第一章<
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06.「マグ、その後・・前編」
初めまして、マグです。
吃驚したようね、ハハハ・・
いや、笑っちゃってゴメンナサイ。
あなたが新聞記者さんですか。
でも、突然予定を変更されて
アンドレ君が怒ってましたよ。
アンドレ、怒らすと怖いヨ〜
だって現在、既に新進のプロボクサーだから・・・
って、冗談ですよ。
でも・・恐らく貴方は茶髪で度メイクの
とんでもない「あばずれ」が現れると思って
それなりに構えてられたんでしょう?
残念でした。
今の「マグ」はこんな風なんでーす。
本人で言うのもナンだけどさ〜
今風で、なかなかイけてるギャルだと思う
最近の私って。。。
なんちゃって、これまた冗談ですよ〜ハハハ。
ご存じなんでしょう?以前の私のこと・・。
「あばずれ」か・・・
言われてもショウがないコトしてたしね。
えっ?タバコ?いるかって?
やめて下さいよ〜
これでも年頃の女の子なんですから。
ナンテ!またまた冗談のマグちゃん、ハハハ
ホントはね母さんに怒られるから。
もう心配かけたくもないしね・・・。
でもね、ナンか懐かしくもなる最近なんですよ
ホント、あんなコトしてたって。。
・・・・・・・・・・・・
今、家男さんトコでお世話になってます。
私にとっては本当は
「家男様」なんだけど
本人がいやがるんですよ、そんな風に呼ぶナ!って
マジで怒ったりするんですよね・・・。
照れてんでしょうけど、でもさ
それじゃ「家男様」は私の心にしまっとくとして
今回は「母さん」のこと、お話ししましょう。
あのね、家男さんのことは男の子達から聞いて頂戴。
家男さんのことを私が語るなんてダメ。
ハナから無理よ、家男さんは家男さん。
私にとっては唯それだけ・・・
誰にも余計なことは話したくないの。
でもそれじゃ困るわよね、記者さんも。
じゃ母さんのこと、話そうか。
そう、私を生んだ母さんは
私が5歳の頃に事故で死んじゃって
今では顔もぼんやりとしか思い出せない。
でも今から話をするのは今の母さんのこと。
これだって、なんか参考になるかもしれないわよ。
あの「噂の家男」の母なるモノはコレ如何に?って感じで。
えっ?なんか解らないって?ハハハ。
私の今の母さんと家男さんの母さんの関係?
そうね、意地悪してご免なさい。
実は家男さんの母さんは現在、私の母さんでもあるワケ。
ま、こんなのを「縁」って言うのかしら。
拍子抜け?家男さんの話が聞きたかった?
ウ〜ン、気持ちは分かるけど、でも本音で
実は「あの“あばずれマグ”は現在?」って好奇心で
この私を直々に御指名してきた訳でしょう?
お見通しですよ〜。
・・・でも
アンドレから聞いているんでしょう?
そうね、中川のガード下でパンツまでひん剥かれて
チンピラ達から石ころで殺される「予定」だった私を
命をかけて助けてくれたのが「家男様」。
私はあの時に生まれ変わった。
あんな風にボロボロにされてさ、でも
実はその時に何があったのか
はっきり覚えてないんですよネ。
覚えているのは・・
私はバイクの後ろに座らされて
落ちない様に手首をベルトで括られていたと思う。
サラ金やらラブホテルのネオンが川沿いにユラユラ見えていた。
私の体は自分の血の臭いでいっぱい。
家男さんの革ジャンの臭いがそれに混ざって・・
そんなことを切れ切れに覚えているんですよ。
そのうち病院に着いた。
頭がやたら痛いし、体もあちこち痛くて
なんか、すごいお年寄りのお医者さんに
怒鳴られながらチンキみたいな
とても滲みる薬を傷口に塗られて、そのうち私は
気を失ったみたい・・・。
気が付いてみたら、薄暗い狭い畳の部屋で
お布団をかぶらされて寝かされてた。
ね、笑っちゃうかもしれないけど・・・
女って馬鹿だよね。
最初に気になったのが布団が汚くないか?ってこと。
あんなカッコしてたけど実は私
自分でも異常じゃないか思えるほどの潔癖性。
汚い世界を見過ぎたじゃない
きっとその反動なんだと思うわ。
でもね、そんな心配は無用だった。
使い古しだけど、真っ白なシーツが掛けてあって
清潔な洗剤の匂いの中で私はかなり眠っていたみたい。
突然、頭が冴えてきて
ふと目を開くと、女性の顔が私の目の前にあって・・
そうね、今「そうなったから」言うんじゃあなくって
ヤッパリその時も
眩しいくらい美しい女の顔が私を見ている。
私は素直にそう思った。
或いは私はもう既に死んでて
いわゆる天女とかが私の前にいるのかしら?
そんなことをふと考えたんだけど・・・
変な話でしょう?
朝方だった気がする、入り立ての光が眩しかった。
そんで、美女の顔が言いました。
なんか、お伽噺みたいでしょ・・。
「あ、目が覚めた。気持ち悪くない?お腹すいてない?」
って、この口調には聞き覚えがある・・・あっ家男さんの・・
ナンのことはない、私は家男さんの家に引き取られていたんです。
ふと、
「母さん」・・・て私はつぶやいたんだけど
「そう、今日から私が真理ちゃんの母さんだ」って
美女の笑顔が朝日にきらきら光りながら満開した。
やがて又、気が遠くなり
私はそれから更に数時間寝てたらしい。
再び目が覚めて
目の前にあの美女の顔があった。
よく見るとなんだ、結構おばさんだ。
な〜んだ、って私は一人でくすくすと笑い出し
でも、それでむせてしまったんですよね。
「大丈夫?お医者さん呼ぶ?」って
おばさんの顔がマジで引きつっていたから・・
「ハハハ、大丈夫ですよ私は!」
ってムキになって元気な声で答えてやった。
・・・結局、私は嫌みで言ったんですよ。
「アア良かった」って
おばさんが目に涙を浮かべている。
私はそれが無性に気に障った。
「おばさん、ご迷惑おかけしました。すぐ帰りますから」
って、極めつけに冷たく言って立ち上がろう頑張っても
足腰が立たないんですよね。
おばさんが言った。
「三日間寝てたんだよ」って。
不思議なことに、その時は
「まあ甘えて良いか」
と、いう気分になっちゃったんですよ。
お布団に潜り込むと、ナンか甘い気分になってきて
そう、あの時・・・私を生んでくれた母さんが生きてた時も
こんな気持ちの中で暮らしていたんだって
悲しい気持ちで思い出してしまった。
しかし、他人の前で涙はイヤだ!
絶対にイヤ!
私は今まで“それ”で生きてきた。
人間なんてみんな己の欲望のために生きてるだけで
そんなのに弱みを見せると食われちゃうだけ。
人間なんて汚らしい生き物を
絶対に信じちゃダメだって
要するに当時の私は人間の不信の中で
つまり、闇の中でもがいていたのね・・・。
「おばさん」が笑顔で私に訊いた。
この笑顔、絶対に勝てない
家男さんの笑顔とおんなじだ。
私はとろけそうになる心を何とか堪えていた。
今考えてみると馬鹿みたいな話しなんだけどね。
「真理ちゃん、ご飯食べないとね。なにが食べたいの?
でもまだ本格的なのは無理ね。おかゆでも作ろうか?
玉子は大丈夫?今つくるからね・・・」
布団の上から「おばさん」が私に訊いた。
私は握り拳で堪えていた。
人間なんか信用しちゃダメだ!!絶対に・・。
しかし、今の傷だらけの体で何が出来るの?
そう、いずれ返せば良いんだ。
あって驚く様なお金を目の前に積んでやる。
だけど、その金を稼ぐためには
又、体を売らなければならないんだろうけど
それでも謂われのない人の世話になるよりはましだ。
人間なんか絶対に信じないって・・・
ホント、闇だよね〜
でも当時の私はそんな絶望感と孤独の中で生きることが
自分にとっては当然のことだ、つまり生業?
コレこそが生まれる前から決められていることと
私は信じ切っていた。
だから、家男さんも母さんも
って家男さんお母さんのコトね・・・そんな
私が小さい頃から命がけでつくりあげてきた心の防波堤を
バリバリと壊し始めていることを感じて、正直な話し
恐ろしくってしかたがなかったんです。
おかゆを持って「おばさん」が階段を上がって来る
足音が聞こえる・・・。
襖戸をさらりと開けると湯気のなかで「おばさん」が微笑んでいる。
「あら、お茶も持ってこなくっちゃ・・食べててね」
熱々のおかゆを私の枕元に置くと
きびすを返しで足早に下におりて行く。
目の前のおかゆ・・・っ悔しかったけど
その時の空腹には勝てなかった・・・。
気が付いてみれば野良猫みたいに貪り食ってた私。
実は「おばさん」は
私の気を遣って席を外してくれてたみたいで
こんなあばずれでも一応「女の子」だから
初対面の人からじろじろ見られながら
食事も出来ないだろうと思ってたみたい。
私の母さんは、いつもホントに気が利く!
食べ終わるとさすがに力が湧いてくる気がする。
それから瞼も何となく重くなって・・。
う〜ん、やっぱ母さんのこと
「おばさん」て言うのイヤだなあ・・
今から普通に「母さん」ていうわ。
母さんがお茶を持って戻ってきた。
「食べたわね、ああ良かった。これで大丈夫よ。
やっぱり食べなくちゃ。おかわりは?
あれれ、やっぱ私みたいに学のないおばさんは
食べることばかり言ってる。
でも、やっぱり食べるのって大切よ。
人間なんだものね、、真理ちゃん。」
私は又とろけそうになる自分の心が悔しくって
泣き出しそうになる自分と戦っていた。
今考えると馬鹿みたい、でも私
その時まで人に優しくされたこと、中々なくってね。
それで、自分で堂々巡りの地獄を創り出しては
それを必死になって守ろうとしていたのね。
多分、記者さんには解らないと思う。
こんな私の気持ちは・・・。
ものごころ付いてみれば親はいない。
誰も自分を守ってくれない。
小学生の頃、3年生だったはず・・
お腹が空いて仕方がなくって
スーパーのお肉屋さんでコロッケかっぱらって
つかまって・・・。
自称「保護者」のクソオヤジにイヤって程殴られてさぁ。
気絶して失禁して、気がついてから自分の汚れたパンツを
メソメソしながら裏庭の水道で洗ったりしてさ・・・
そんなことの繰り返しで結局
自分で金稼ぐために汚らしいオヤジ共に体をもてあそばれて
それでも自分で食ってく為には仕方がなかったのね。
誰も助けてくれない。
私は神様ってのに嫌われて生まれてきた。
早く死にたい。
好き勝手にやって、そのうち死んでやる。
酒もタバコもしゃぶもやって
又、体を売って金を稼ぎに行く。
・・・
ホント、地獄でした。
・・・・
そんな私が家男さんに出会って
俺が面倒見るって・・
最初、私はてっきり「性欲の放出場所」
つまり専用の「便所」にされると思っていたわ。
だって、今まで私の出会った男ってそんなのばかり。
メシくって女抱いて脱糞して博打だ酒だ・・・
でも、それでも良いと私は思った。
だって、こんなあばずれを
家男さんは命を張って守ってくれた訳で
私は一生、家男さん専用の「便所」になろうと
心に決めていた。
愛人なんて、そんな立派なガラじゃない。
ただ、こんな汚い体でも好き勝手にさせてあげて
もしも家男さんに本当の彼女が出来たら、その時は
こっそりと消えて、そのうちどっかでクビでも括ろうか
なんて、マジで考えていたんですよね。
だから、家男さんの母さんが私の目の前に現れた時は
正味、吃驚しちゃいましたわ〜ハハハ。
・・話を続けるけど・・
私は母さんの笑顔に無性に苛ついていた。
負けたくはない!
何に?
でも、その時の私はそんなことばかり考えてて・・
そのうちに
この「おばさん」を思いっきり傷つけてやりたくなってきて
大人への復讐!この偽善者め・・ナンテね。
「おばさん、ホントお世話になりました。
このご恩には何とかお応えしますから・・・
“仕事”で儲けるまでちょっと待ってて下さいね」。
話すうちに更に苛ついてきた。
「ねえ!おばさんっ!!
何ニヤついてんだよ、このぉ」
でも、いつもの様に“ばいた!”って言えなかった・・・
喚きながら私は自分を憎んでいた。
こんなに優しくしてくれている人に悪態を付いている。
絶対にぶっ殺してやるんだ、桂木のオヤジと自分自身を・・。
と、あれれ・・・母さんが・・・
涙???
「真理ちゃん、ゴメンね・・・みんな私たち大人の責任だ」
そう言うと、涙で溢れる目を自分のエプロンでぬぐった。
突然、私の怒りに火がついた。
「ちょっとやめてよ!
冗談じゃあねえよ!赤の他人のアンタに
ナンで謝られなけりゃならないんだ!!
アタマ狂ってんじゃないの、ね!
おばさんってさぁ!!」
・・思い出すと恥ずかしいよね・・・。
がなったせいか、アタマがくらくらしてきて
体もあちらこちらが痛い・・・。
それに気が付いた母さん。
「真理ちゃん、寝なさい」
ちょっとキツイ調子で「おばさん」が言った。
なぜか素直に従えたんだよね、それには・・。
まだ参ってたみたいで突然、体が重くてしょうがない。
どさり!って感じで布団の上に崩れてしまった。
私に母さんが布団をかけ直してくれた。
でも、そんな優しさにやっぱり無性に腹が立って・・・
「気安くさわんじゃあねえよ!!
ゼニでかえしゃあいいんだろうが!!!」
悪態を付きながらも私はめそめそ泣き始め
そのうちに眠ってしまったみたい。
いま、思い出してみても・・・あの頃は
地獄にいたんだ・・・やっぱり。
07.「マグ、その後・・後編」
こないだはゴメンナサイ。
実はどうしても外せない用事があってね。
勿論、アブナイ仕事じゃあないわよ。
「あばずれマグ」はもう終わったの。
残念ね、こんなありきたりの女の子じゃあ
取材にしようもないでしょうけど、フフフ。
とにかく、前回の続きを話すわね。
え〜・・と、そう・・そしてひっくり返っちゃって
まあ、でもそれで結局居着いちゃったワケね。
最初の一週間、そして二週間目と
やはり私は母さんに対しわざとふてくされた態度でいたわ。
勿論「母さん」なんて絶対に呼ばず相変わらず
「おばさん」とか「家男さんのお母さん」って言ってた。
そんなふうに呼ばれると母さんは
いつもちょっと寂しそうな顔をしてうつむいたりする。
でも、そんなのが楽しいのね当時の私には・・。
ホントいじけてる小娘って最低。
自分ながらそう思うわ。
今の私だったら当時の自分をひっぱたいてるわね多分。
勿論、自分のことだから当時の気持ちは分かる。
でもそんなのって
やっぱり甘ったれているだけなのよ。
要するにその時の私は
「甘えるって事に飢えまくってた」ってワケね。
それでも母さんは偉かったわ。
そんな私に対して、いつも笑顔を絶やさずに
たまに服装のこととか本当の娘に対する様に
優しくお説教してくれて・・・。
「晩ご飯何にする?」
なんていつもの、あの笑顔で
私に心を気長に気長にほぐそうとしているのが
当時の捻くれバカ娘の私でも気づかされつつあった。
でも、そんな温かい優しい気持ちに
触れずに、いいえ、触れることすら出来ずに
5歳からその時まで生きてきた私でしょう?
早い話「そんな感情」にどう対処して良いのか
見当すら付かず、むずがっていたわけね。
勿論、気持ちの中では
「お母さんっ」て抱きつき甘えたくって仕方がなかったのに
半分で「冗談じゃあないよ痩せても枯れても“新小岩のマグ”が
そんなお涙頂戴を演じられる訳ねえだろうが・・」
って、自分ながらホントの馬鹿。
そんな、何となく奇妙に複数の感情が
私の内面に行き来して3週間が過ぎたある日の夕方近く
母さんがうきうきした調子で私をお台所に呼び
こう言ったわ。
「今晩はご馳走。パートのお給料が出たし
真理ちゃんにもたまには私の腕前を見せなくっちゃ。
奮発して良いお肉買ってきたの。
今晩はトンカツ。
さ、真理ちゃんもお勝手を手伝ってね。」
ホントは嬉しいくせにわざとふくれっ面の私って最悪。
でも実は、その頃になるといい加減そんな子供っぽい態度に
自分自身でイヤケがさしてきてたし
なによりも母さんの優しさに
すっかり虜にされてしまってた私。
多
分、私は
母さんを「母さん」と呼ぶタイミングを探していたのね。
繰り返し、馬鹿な私は
わざわざふくれ面をしながらキャベツを刻んでいた。
「ちょっと真理ちゃん、こっちにおいで」
母さんが私を呼んだ。
のろのろと側に行って指さす方をのぞき込むと
使い込まれた中華鍋の中で油がくつくついっている。
「ね、揚げ物は油の温度が一番大切なのよ。
ホラ見てご覧、パン粉をちょっと落として
すぐに上がってきたら準備は完了。
美味しいのつくるわよ〜今夜は・・・」
と・・ふと、板張りの足下にむずむずした感じが走り
母さんと私は顔を見合わせ
あっという間にお台所のガラス窓や引き戸が激しく鳴り始めた。
「地震だわ、結構大きい!」
母さんが抑えた声で私に向かっていった。
揺れがドンドン大きくなって来て
部屋中が騒音で包まれ始め私達は思わず抱き合った
その時!
油鍋の上7〜80センチぐらいのところにある
古びて腐りかけた板の棚が落下してきた。
「真理子っ!」
母さんの叫び声が聞こえたかと思うと
私は母さんに巻き込まれる様に覆い被されながら
二人で床にうずくまっていた。
突然ガラスの引き戸が激しく開き!
「大丈夫か!」
声と共に家男さんが飛び込んできた時
地震は既に収まりつつあった。
ふと、私の鼻が布の焦げる様な嫌な匂いを感じ
「あつつ、あつい、いたたっー!」
母さんの激しい悲鳴が聞こえてきた。
「いかん、油かぶったか!母さんしっかりしろ」
家男さんが大きな声で駆け寄り
母さんを抱き起こそうとしたけど
「まだ、私に触っちゃダメ、まず水をかけて
いっぱいかけて、服に触っちゃダメよ!アンタも火傷するし
皮膚が一緒にはがれちゃうから!!。ね、落ち着いて
お医者さん呼んで頂戴・・・」
家男さんは大急ぎで流しにあった金だらいに水をいっぱいためると
まだ煙が出ている母さんの背中にざぶんと水をかけてから
電話をしに飛び出していった。
私は・・・?
恐ろしくって恐ろしくって、泣きじゃくりながら母さんの側にかがみ
「私のせいね・・ゴメンね、ゴメン・・痛いの?」
と繰り返しては泣き続けていると
「大丈夫よ、それに悪いのは真理ちゃんじゃないの・・」
と、うずくまったまま私に笑顔を見せた。
私は母さんの手を握りながら
小さな子供の様にわあわあ泣きわめき
そのうちにお医者さんがやっと到着した。
幸いなことに火傷は思ったほどでではなく
しかし、母さんの腰からお尻にかけて
30センチほどの赤い痣が未だに残っている。
うちにはお風呂がないから
いつも二人で銭湯に行くんだけど
母さんの真っ白な肌には未だその痕が赤々と残っていて
それを見るたびに私の胸が痛む、本当に本当に・・・。
私を庇って・・・大やけどして・・。
「真理子を守った勲章だよ」
そんな風に笑い飛ばしている母さんは
今でも私には眩しすぎる。
それから急速に仲良くなって、って
それだったら良かったんですがね・・・。
実は、それからというもの
私は母さんが恐ろしくって仕方がなくって
いつもびくびくしながら部屋に閉じこもっていた。
何か、見てはいけないモノを見てしまった様な気持ちで
母さんの声とか気配が怖くて仕方がなかったわ。
そんな私を気遣い声をかけてくれてた母さんだけど
私はいつも怯えた態度でうつむいてしまう。
要するに、私のガードが遂に壊れ始めていたのね。
ある夜、家男さんの声が外から聞こえた。
母さんと話し合っているみたい・・・。
「マグは10年以上苦しんできたんだ。
ちょっとやそっとじゃあない、母さん焦っちゃダメだ」
母さんの家男さんに対する批難めいた声も聞こえる。
「もう、マグなんて呼び方はよして頂戴」。
家男さんがそれに答えた。
「いや、それでもあいつはマグなんだ。
まずはあいつ、自分の名前に勝たなくちゃならない。
それでないと本当に立ち直ったことにはならないよ。」
「でも、、あの子は女の子よ・・・」
母さんは諦める様に答えた。
そんなこんなで少々日が流れ
未だ“なにか”に怯えて閉じこもっている私の耳に
ある日ある時、女同士の争う様な声が聞こえてきた。
私はその時
だらしなく、うたた寝をしていたみたい。
寝ころんだまま、首だけでふりかえって
窓から外を見てみる。
まだ冬だけど、もう春の気配を感じる陽気。
日が暮れかけているから4時を回った頃かしら・・。
声の主の一方は母さんだ。
そしてもう一方は・・・
お隣の又井さんの奥さん。
実は私はこの奥さんが大嫌いで
と言うのも、私をまるで汚いモノでも見る様にしている。
お金持ちで且つ
世間一般では「人格者」で通っているらしいけど
家男さんやその仲間達、そして私なんかのことは
殆ど人間とさえ思ってない様子。
とにかく私は大嫌い。
元々、挨拶してもこちらを睨み付けるだけで・・
おおいや!思い出すのも嫌だ
あんなマルチーズみたいな顔したおばさんのことなんか。
話が拗れているみたいに
母さんの感情が高ぶっていくのが解る。
「だから私の娘が何をしたんってんですか?
いい加減に嫌らしい詮索はやめて下さいよ!」
母さんが怒っているのが解る。
「こちらだって言ってるじゃあないですか何度も何度も・・
今はおとなしくしていても人間
根がどうなのか?って、ことナンですよ重要なのは。
こんなこと・・
言いたくはないけど、お宅の息子さんやそのお仲間も
この周辺に悪い影響ばかり与えているって噂ですよ」
又井婦人の勝ち誇った様な声・・・。
「そんな、つまんない噂にいちいち関わり合ってたら
きりがないですよ、ホント奥さんもお暇な方なんですね」。
あざ笑いながらも母さんは怒っている、やっぱり・・
又井婦人がそれに答える。
「噂って、でもお宅に転がり込んできた女の子だって
今まで一体何やってたんですか?
噂だけじゃあ済まされないってコト
ご存じでしょう?」
結局、世間なんてこれだ。
一瞬で私は目の前が真っ暗になった。
と、その時
「あのね!奥さん!!」
母さんが遂にキれた。
「貴方だってそんな上品面してても
ダンナの腹の下でひ〜ひ〜言ってるんでしょう?
同じ女同士じゃないの!何言ってるのよ!
真理子はね
うちの真理子は
小さい頃からそんな馬鹿男達の欲望の餌にされて!!」
母さんの怒りで声がつまった。
「私は神聖なる結婚の元に夫と結ばれているんですよ」
怒気を含みながらも、それでも勝ち誇った声
又井婦人の、私の大嫌いなあの声。
母さんはかまわず話を続けた。
「小さい頃から、男の欲望に振り回されて
それでも真理子はたった一人で生きてきたんだ。
私の娘は、私の真理子は
アンタなんかが300回生き返っても出来ない苦労を背負わされ
小さな頃からたった一人で耐え抜いてきた。
神聖?
なんですかそれは!?
貴方のトコには依怙贔屓ばっかりの神様でもいるんですか。
罪もない女の子をよってたかって見下して虐めて
そんな御都合主義の神聖ってなんですか!?
ばかばかしい・・・
たった一人で戦ってきたあの子こそが
本当に本当の意味で神聖なんですよ。
あんた達みたいにふやけた人間達には
解るはずもない道理。
バカバカしい、そんなの
あんたらで勝手にやってて下さいよ」。
母さんの声が途切れる。
「親が親なら子も子の典型ですね、お宅は・・・」
又井婦人の声だ。すかさず母さんが反撃する。
「好きに勝手に仰って下さい。
とにかく、あの子には一切
後ろ指なんかささせませんから、そのおつもりで。
あの子に余計なこと、一言でも仰られたら
その時はあたしが黙ってませんからね、奥さん!」。
母さんが息を切らしながらここまで言うと
「ホント世も末だわ・・」。
と又井の声。
かまわず母さんは話を続けた。
「それから奥さん、アンタとこの馬鹿息子が
うちの真理子の部屋を何度も覗きに来ているんだけど
きつく注意してやってもらえませんか?」
母さんが言いはなった。
実は、これは言うとおりで
私は数回隣の馬鹿息子から部屋を覗かれている。
「そんな汚い出任せ、やめて頂戴!」
又井婦人が堪えきれないという様子で絶叫した。
「出任せですか・・・ホントにどうも・・。
よろしければ御自慢の御子息に
お尋ねになったら如何ですか?
ともあれ、うちの真理子にナンか余計なこと言ったら
出るトコに出てお話しさせて頂きますから御覚悟下さいね。」
話はここで途切れた・・・母さんの勝ちだ。
・・そして、この時、母さんは私にも勝ったみたいだ。
よおし、最後の決戦だ。
私の心の中で、ぷつりと大きな音がして何かが切れた。
ぴしゃりと乱暴に玄関の戸が閉められて
とんとんと階段を駆け上る母さんの足音がする。
そして、私が寝起きしているガラス戸を
控えめにコンコンとこづいた。
「起きてるわ」
私はぶっきらぼうに答えた。
ガラス戸をしゃっと開けると母さんは私の前に正座して
「ゴメンね、うるさかったでしょう」
と明らかに私を気遣った。
ここで私のいじけた心に火がつく。
こんな私のことを、あんなに弁護し心から愛してくれて
その上、自分の危険さえ顧みずに
文字通り自分の命をかけて私を守った
このかけがえのない女性を
私は今から、うんと傷つけてやるんだ。
多分、私は気が狂ってたんだと思う、その時は・・。
私は精一杯
昔の「マグ」に戻って母さんに悪態を付き始めた。
「ねえ、おばさん・・・だからさ、言ったじゃないよ。
私みたいなあばずれの淫売を家に連れ込むからさ
今みたいなつまんない問題が起こるのよ。」
母さんは
何が起こったのかさっぱり解らないという顔で
私を見つめながら真っ青になっている。
私は悪態を続けた。
「ここでこんなことしてても、ホント暇なだけ。
ソロソロ稼ぎにも出なくちゃならないしね。
でもさ、お世話になっちゃって・・
まあ男が3人ほど
私のこと買ってくれたら、お礼するからさぁ。
ホラこんな穴蔵みたいなとこでゴロゴロしてて
ちょっと太ったから、結構高く売れんじゃないのかな
今の私ってさぁ〜」。
母さんの顔が怒りと悲しみのためにみるみる赤くなり
抑えきれない感情がそうさせたんだと思う。
右手をさっと上げた。
勿論、私をぶつためだ。
しかし母さんは私に手を出さなかった。
手をゆっくり下ろしながら目に涙を浮かべ堪えている。
しばらく経ってから母さんは静かに語りかけてきた。
「ゴメンね、真理ちゃん・・・母さんどうかしてた・・」
「なんでぶたないのよ!」
私は大きな声で母さんの話を遮った。
母さんは何か理解しがたい様な気持ちで私を見つめている。
「ねえ、言ったじゃないよ。
私のこと本当の娘だと思ってるって・・」
母さんは私の言葉を未だ理解できてないようだ。
「本当の娘だったら・・・
悪い時はぶっても良いんじゃないの・・・!?」
私はそこまで続けると、遂に堪えきれなくなり
めそめそ泣き始めた。
こんな時、女ってホントにイヤ。
感情が高ぶると涙で言葉が出てこない・・。
「なんでぶたないのよ・・・」
もう言葉になってない・・。
子供の様に泣く私を見つめながら母さんは
ふ〜っと大きなため息をつき、私に話し始めた。
「真理ちゃん、ほんと、ご免なさい。
貴方の言うとおりだ、私もやっと気が付いた。
私がいつもよそよそしくって、そのくせ
何が本当の母親と思ってくれだ・・ナンテ。
気を使ってたのね、ほんと息苦しかったでしょう。
ほんとにほんとに、ご免なさい真理子・・・」。
母さんが深々と頭を下げる。
私は・・
「やめて!謝らないでよ」
泣きじゃくりながら私は何とか答えた。
そして、やっと自分の感情を
なんとかかんとかコントロールできるようになると
私は涙目をこすりながら
「母さん、ずっとここにいてイイ?」
何とかそう言うと、又嗚咽で声が出なくなる。
でもやっと「母さん」って言えたんだ。
泣きながらも私の心は熱い歓喜に包まれていた。
母さんも、こぼれる涙を拭おうともせず
私の肩に優しく手を置きこう言ったわ。
「なにいってんのよ、おばかさんね真理ちゃんは。
何回言わせれば気が済むのかな、同じことばっかり。
でもそうね、次からは家の手伝いもしてもらうし
悪い事をした時はウンと叱るからそのつもりでね」。
私は我慢しきれず母さんにむしゃぶりついた。
あたたかいぬくもりだ、母の匂いと柔らかさ。
「お母さん・・・」
私にはそれしか言えない。
私のことを固く抱きしめながら母さんも泣いているみたいだ。
でも、しっかりした声で私に言った。
「真理子は私の娘」・・・。
私は子供みたいにわんわん泣きながら
心の中で私を生んでくれた母さんに
ゴメンね、と一言呟いた。
でも、心の中の母さんは明るい笑顔だった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
オジサン、ちょっと泣けちゃった?
目に涙堪ってるわよ、ハハハ。
私って話し上手かな〜。
でも私も思い出しながらやっぱり泣けちゃった。
さ、、世の男性待望
我が母上「来栖真理子」の容姿について語ろう!
そう!実はナント私と同名!なんという奇跡かしら
って、まあ真理子って名前がありがちなんだけど、ハハハ。
・・でもやっぱ気になってたんでしょう?
美女だ美女だ、なんて何回も繰り返してたから・・。
でもそうね、お世辞抜きに美人よ母さんは。
大人の女の色気って言うか
ううん、でも着ているモノなんてねえ・・。
家にいる時ナンテ、家男さんが中学生の時の
体育の授業で着ていたジャージなんだから
ホント、情けなくってため息が出ちゃう。
化粧っけもないし、でもやっぱり美女中の美女。
女優さんの倍賞智恵子さんに似てるって
よく言われるけど、でももう少しふっくらした感じかな。
この間、ちょっと揉めたのよね。
もうちょっとちゃんとオシャレしなさいって
せっかくの女ぶりが台無しよっ、てさ。
そしたら母さんたら
「こんなおばさん捉まえて何を言ってるのよ」って。
ホント、母さんの悪い癖。せっかくの美人が台無しだ。
さっき話したけど、私はいつも銭湯に母さんと二人で行く。
そりゃ綺麗な裸よ。
女の私が惚れ惚れするわ。
母さんに比べると私なんか色黒でガリガリ。
私は真っ白な母さんの背中を流すのが大好きで
そして、いつもやっぱり赤い火傷の痕が気になる。
「もう痛くない?」って何回訊いたかしら・・。
あら、もうこんな時間
それじゃっと、そろそろ行かなくっちゃあ・・。
えっ?ドコに?って。
フフフ、大丈夫よ。
もう「やばいこと」やらないからって
えっ?誰も訊いていないって、ハハハ。
それじゃ、カフェオレごちそうさま。
ピーターに言っとくわね「次はあなたの番よ」って。
さようなら、おじさん・・・
08.「マグ、エピローグ」
ちわっ、ピーターっす。
オジサン久しぶり、ちょっとご無沙汰だったよね。
じゃいつもの様に、お〜いネエちゃんっ
こっちこっち、バッドね、持ってきてよ〜っ。
いつもスンマセン、でも今回も!遠慮は抜きでいきますよ。
ええっと、そう、マグだマグ・・・もう聞いてる?
って聞いてる訳ないか、そりゃそうだ。
ええっと、そのつまりマグがですね
プロデビューしそうなんですよ!
あのマグがね・・・えーっ!?っての。
え、、何言ってんすか
ボクシングはアンドレ、マグはアレでも女っすよ。
じゃ何でデビューかって
そうそう、、ホント、いつもゴメン。
俺って頭悪すぎ。
そうっす、なんとあのマグが
プロの歌手としてデビューしそうなんっすよ。
ね、ビックリいいい!!って
ですよね〜。
実はマグは今、家男のところに居候してて
え?訊いてるって、あっそうだよね。
マグ本人と会ったんだし・・。
居候っても、家男のお袋さんはマグのことを娘だって言ってるし
マグの方でも、母さん母さんって
傍目で見てて羨ましいくらい仲が良い。
本当の親子以上に仲がイイって噂なんだが
それはそれとして、やっぱそれでも家男んちは貧乏でさ
見かねたマグもバイトを始めたってわけ。
なんちゅうか、あんなコトしてたじゃんかよ・・マグって。
だから夜の街に顔が広い。
とある「カラオケバー」とかが錦糸町で新開店してさ
マグはそこで週3ぐらいのバイトを始めたってワケ。
家男のお袋さんは勿論大反対して
それなりに揉めたらしいけど
「母さんはやっぱり私を信用してないの?」って
マグの一声でバイトを許さざるを得なかったらしい。
最もマグにして
今では家男のお袋さんと本当の親子以上の仲だ。
まさか今更馬鹿なことはしでかさないだろうし
あいつはあいつで「カラオケバー」の時給が
何よりも魅力的だったらしい。
実はこの前
マグとフラワー商店街でふと出会っちまって
じゃあサテンでもってわけでコーヒー飲みながら
長々とだべったんだけど、マグが言うにはさあ
「母さんにちゃんとした服を買ってあげるんだ
家男さんにもね。だっていつも同じ革ジャンでさ・・」って。
これには俺もちょっとジンときちゃったさ。
勿論、お袋さんにも家男にも内緒だと堅く口止めされたがね。
そうだよね、家男も新聞配達とかしてるけど
俺たちチンピラの若造が稼げる給料なんて知れている。
その点、夜の街なら
女の子ならではの稼ぎが出来るってワケ。
実際、マグは客の“いなし”は上手いし
実はビックリしちゃったんすけどねっ!!
ちゃんとしたカッコすると
あいつって結構いい女でさあ〜。
イヤこれには驚かされた、マジで。
以前はガリガリで厚化粧だったろう
でも今は生活が安定したんだろうな。
いや何よりも精神状態の安定が大きいと思う。
ちゃんとメシくって健康になったらさ
いやあ、女ってホントに変わるモンだ。
こんなことならあの時って
おっと、やばいやばい。
下らないジョークかますと家男と大げんかだよな。
お袋さんの手前エラいことにもなる。
なあオジサンよ、今のこと黙ってろよな。
下手に漏らすと生きてるのがヤになるほど・・・
って、おっとゴメン、オジサン脅して何やってんだ俺は。
とにかくさ、そのマグだ。
マグがヨたってたのは新小岩界隈で
まあ錦糸町じゃあ当然、顔は知られていないだろう。
カラオケバーは錦糸町だから
以前のマグを知るヤツらは殆どいないはずだ。
イヤ、例え知ってても黙ってるよ。
そりゃそうさ、今のマグはホントにいい女で
ファンも多い。で、さっきの俺みたく
下手なこと言うと大揉めに揉めるだろうしね。
カラオケバーのマスターも
「マキちゃん無しじゃウチはもたねえよな」
ナンテ俺たちに本音を漏らしていた。
そうマグはあの店で「マキ」と名乗っている。
実はマスターも口説いたらしい、マグのことをさ。
しつこい様だけど、飛び切りイイ女だもん今のマグってさあ。
そしたらマグから、あっさり「辞める」って言われて
大あわてで謝って事を納めたらしい。
要するにマグは今、あの店でそれほど重要なんだって
俺たちはマスターと飲んだ時にその話を聞かされて
つくずく思ったんだよね。
ちなみに、この店は
今、大流行の「カラオケパブ」ってヤツで
40人で満席になるくらいの、まあそこそこの店だ。
正面にステージがあって天井にはミラーボールが回っている。
照明はかなり凝っているし、ステージのバックなんぞは
歌に合わせて点滅したりで、かなり金をかけたんだろうな。
一度、それでも心配で堪らない家男の母ちゃんが
店を訪れたことがある、なんと50がらみのオッサンとさ。
そのオッサンの正体は、俺たちにはすぐに割れた。
以前、新小岩の「樹里庵」で揉めた例の大学教授だ。
「苅田重三」とか言ったはずだが
あの時から家男のことを大いに気に入って
ナント家男んちにまで訪ねたそうだ。
お袋さんはビックリした様子だけど
家男はなんだよね〜あれさ、いつもの調子で
「先生、汚いところですけどお茶でものんでって下さい」
って、さあ。
家男んちに有名な大学教授が訪れてるってんで
後々、近所で評判になったそうだ。
ともあれさ、今回のマグのバイトに関して
驚いたことに家男は全く心配していない。
お袋さんの心配を
「あいつはもう大丈夫、心配ないよ母さん」
ナンテ調子で・・。
それでも心配するのが母親ってモンだよね。
どうしても「娘の職場」を見たいってんで
知り合いの男性に同伴を御願いしたってワケだ。
さすがに女一人で飲み屋には行けないし・・・。
実は、このお袋さんの提案を
大いに喜び快諾してくれたのがこの教授だ。
ただし、俺には解るね。
あくまでも勘だけどさ
あの教授は家男のお袋さんに気があるね。
勿論、アレほどの男だ。
俺たちみたいなチンピラにだってあの教授の偉さは
そこはかとなく解るから、要するに下らない揉め事ナンテ
間違ってもおこらネエだろう・・。
マグは当然ビックリして、次に怒り始めたネ。
「ねえ、母さん来るなら前もって言ってよねえ」
って、おかんむりのマグを教授が取りなした。
「女親に心配するなって方が無理ですよ真理子さん」
ってね・・・。
まあしかし、考え方によっては
家男のお袋さんとマグと“この程度のケンカ”なら
なんの問題もなく出来るほどの間柄って事だ。
教授は大いにご機嫌で昔の歌を何曲か歌い
家男のお袋さんにも歌うことを勧めた。
まあ、そんな具合でマグのバイトは始まったが
さっき話したとおり、あって間にマグの人気が急上昇さ。
しつこい様だけど、あの女ぶり
それに驚いたことにナントあいつ歌が無茶苦茶上手え。
これには驚かされたね、俺たちも。
なんてか、女の声だけど
どうしようもなく渋いんだよ、あいつの声って。
やっぱ色々あったから歌にも魂ってのがこもってるしよう。
俺たちもバイトで金が入ると
つれ達と店に顔を出したが
とにかく料金が安くないってのが玉に瑕ってヤツで
悔しいけど、そんなにちょくちょく行ける場所じゃあネエ。
唯、行った時はマグの歌は絶対に聴きたい。
マグの歌はなんかどうしようもなく俺たちの心に
ジンジン染みこんでくるだよね〜。
思った通り、そんなことを考えて感じていたのは
俺やつれ達ばかりじゃあなかった様だ。
そのうち、なんか元、売れなかったけどプロ歌手とかいう
妙にケバいナリのオッサンが常連になって
その伝でレコード会社のエライさんが来てさ
エライさん達は思った通りマグの歌に
すっかり惚れこんじまったらしい。
じゃあレッスンを始めようって事になったんだが
今更、言うまでもなくマグは未だに貧乏人だ
レッスンの料金なんて払えるはずもない。
「すいませんが私には過ぎた話ですから」
と、あっさり体よく辞退しようとしたら
それでは会社が金を出すって事になったらしい。
新人のクセしやがってマグは特別扱いさ。
繰り返すけど、あのマグがねえ・・・。
勿論、成功して欲しい。
俺たちだって仲間の中から有名人が出れば鼻高々さ。
お袋さんは、それでも
やはり心配ばかりしている。
マグのデビューはこの春先が予定だ。
マグはナント、ロックバンドのボーカルでデビューする。
ロックバンドって言っても、ジャkジャカうるさいだけの
楽器がちゃがちゃならすだけの、そんなんじゃなくってさ
「歌」がしっかり聴ける曲をやってくって話だ。
楽しみだね、これは。
大笑いしてしまったが、バンドの名前は「マグディ」。
ハハハ、地でやってやがるぜ、マグのヤツはよお。
以前会った時、こんなことも話してやがったねマグのやつ。
「私は元々、看護婦さんか
出来れば養護員とかの先生になりたいのね。
でも、お金がいるしね学校に通うにもさあ・・・
そんな時“歌”の話をもらったんだけど
考えてみればこれだって悪い話じゃあないよね。
今でもいっぱいいると思うんだ。
以前の私みたいなドウシヨウモナイのがさ。
私は何とかしたいのよ、そんな私の同類達に対して・・。
色々あるけど落ち込むなよ!
頑張って生きてれば絶対に素晴らしいことがあるって
そんなことを少しでも伝えられたらね・・。
まあ、そんなことがやりたいのよ。
でも本当にそんなこと出来たら
素晴らしいことだろうね」。
って、目をきらきらさせていた。
って、オットいっぱいシャベくっちゃったぜ。
お〜喉が渇いた。
オジサンもう一杯注文するよ。
お〜い姉ちゃん、バッド!こっちにね。
・・・
ま、全て上手くいってるみたい。
たださ、俺自身どうしても気になることがあるんだ。
なんでかって?実はさあ・・・
錦糸町って、あの「グレンジャー」の縄張りでもある。
前も言ったけど俺たちのチームとは現在抗争中だ。
まあ、マグは俺たちのチームとは直接関係してねえけど
「家男」って名前も錦糸町でそろそろ聞く様になっていると
俺の連れが言っていた。
桂木の野郎が正直、不気味だ。
まあ滅多なことはないと思うけどさ・・・。
おっとビールありがとう。
そいじゃ、いただきまーす。
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